秋、それは多くの作物が実る季節。麦はその筆頭とも言えるもの。子どもの頃、家族で旅行した先で見た景色は、有名なアニメ映画のラストシーンのようで。広大な黄金色の大地を背景に歩いたときの、自分が世界の主人公になったような気持ちを、忘れたことは一度もない。
その気持ちをいつでも思い出したくて、HNを「むぎ」にした。
むぎ。 我ながらいいHNだ。短くて読みやすい&呼びやすい。ひらがなだからなんとなく親しみやすさもある。それなのに、
(呼んでくれる人が、いないんだよなあ…)
理由は明白、私は交流が苦手なのだ。同じジャンルが好きな同志だとしても、話し掛けるどころかフォローするのに相当なプレッシャーを感じてしまう。リストに入れてじっくりその人の呟きを遡って、推しと性癖が一致してやっとこっそり無言フォローする、どこに出しても恥ずかしいコミュ症だ。
それに加えて私の大好きなバトコアはここ数年人が減り続けている、言いたくはないがいわゆる斜陽ジャンルなのだ。
私が推しているK君に関しては、書き手はもはや私だけになりつつある。ひとり、またひとりとジャンル移動していき、元々雀の涙だった私の交流(オアシス)はすっかり枯れ果ててしまったのだった。
(そんな時期もあったけど…)
「むぎさんむぎさん新作読みました!!L君の気持ちを受け取った上で自分も同じだったんだって告げて姿を消しちゃうK君がいじらしくても〜ほんっと可愛いなんならK君からL君への想いの方がずっと大きくて重たくてでもそれを最期まで見せないところがまさにK君で最っ高〜に滾っちゃってなんかもう1冊書いちゃいそうな勢いです〜!!!」
「あ、ありがとう…ございます…!みつばさんにそう言って貰えるの、嬉しいです…」
「毎回同じこと言っちゃうんですけどむぎさんのお話ってほんと心理描写が細やかで読んでたらキャラとシンクロしちゃった気になるっていうかぐぐ〜っと心を掴んで引き寄せられるんですよね、私はむぎさんみたいにシリアスで感情にダイレクトに響くお話作り込むの苦手だから尊敬します!!」
「そんな…それを言うなら、私はみつばさんみたいに明るくてライトなお話全然書けないし…過不足なく読んでて心地いいリズム感というか…キャラと読み手どちらにも寄り添ってくれる雰囲気とか、その…大好きです」
「え〜!!ホントですか!!?むぎさんにそんな風に言われたらめちゃくちゃ嬉しいですありがとうございます〜!!」
音声のみの通話で思わず口元を抑える。ニヤニヤが止まらない。ビデオ通話じゃなくて心底良かった。とてもじゃないが人に見せられないくらい気持ち悪い顔になってると断言できる。推しカプの話をできること、お互いの二次創作の感想を言い合えることがシンプルに嬉しくて楽しい。その相手がバトコア界隈に舞い降りた女神・みつばさんだから、尚のこと。
「あれ、むぎさん?むぎさーん!」
「はっ、ごごごごめんなさいぼーっとしちゃいました!」
「あ、よかった通信切れちゃったかと!ちょっとお疲れですか?むぎさん執筆明けでしたし今日は通話やめときますか?」
「お気遣いありがとうございます…そう、ですね…今日は、はい…えと、明日の夜にまたお話し、いいですか?」
「もちろんもちろん!身体は同人作家の資本ですし、ゆっくり休んでください!!」
「ありがとうございます。じゃあおやすみなさい、みつばさん。」
「はーいむぎさんおやすみなさーい!」
正直名残惜しい気持ちはあるが、通話終了ボタンを押して、PCを落とした。軽く身体を伸ばしてからそのままベッドに身を投げると、ちょうど目の前の位置に放置されていたスマホにラインの通知が表示される。みつばさんだ。
『お疲れ様でした!また明日語りましょうね!』
また口元がニヤける。
『お疲れ様でした、また明日!』
おやすみなさいのスタンプを送信してスマホを伏せる。
(…いいなぁ、こういう感じ)
じわっと胸があったかくなる、推しカプに滾っている瞬間とはまた別の、穏やかな熱量に包まれる感覚。「むぎさん!」と私の名を呼ぶみつばさんの朗らかな声が、脳内でリフレインする。記憶の中のことであっても、自分の名前を呼んで貰えることが嬉しい。
「はぁ〜〜〜みつばさん好き…」
ぽろりと口から零れ落ちた言葉にああそっかと自覚する。私はみつばさんが好きなんだ。
「まあでも人として、だから…ね…」
誰が聞いてるわけでもない自室で、睡魔に襲われながら、何故か言い訳みたいなひとりごとを残して目を閉じる。
「おやすみなさい、みつばさん。」